ガジェット・小ネタ

GADGET/BLOG

神戸の洋菓子「モロゾフ」の話

サイクルショップ203の最大の取引先(仕入れ先)は神戸市のマルイという自転車商社です。マルイは国内の自転車店を網羅するほどの流通網を持ち、自社製品や国産部品の輸出も手掛けています。

 


▲「台北サイクルショー」のマルイのブース  2016年 撮影

 

マルイの創業はいまから100年程前で婦人靴などを主に扱っていましたが、1960年頃にオーストラリアの商社を買収し自転車の輸出入を開始、70年代には中興の祖である丸井功平氏(現会長)が渡米しTIOGAブランドのマウンテンバイクタイヤを販売、91年にはスポーツ自転車のステムの標準規格である「オーバーサイズ」(O/S)を考案、現在もBMXのトップレーサーのほぼ全ての選手が同社の製品を使用しています。あまり知られていませんが、世界初の量産マウンテンバイク「STUMPJUMPER」は功平氏が東奔西走して形にしたもので、米SPECIALIZEDや台湾のMERIDA、TOPEAKといった有名ブランドの育ての親といっても言い過ぎではありません。

 


▲大阪のメーカーが作成した世界初の量産型マウンテンバイク「STUMPJUMPER」シマノ博物館所蔵

 

本社は神戸の魚崎にあり阪神大震災では液状化で機能が停止、倉庫内に砂山ができる程の大被害を被りましたが、苦境を乗り切り現在では日本を代表する自転車商社となっています。毎年、秋には国内で取り扱いブランドを一斉に集めた展示会が東京・大阪で開催され、マルイの展示会が終われば新年度の始まりといった感じとなります。展示会にはお土産があり、神戸名物の洋菓子をいただくのが輪業人のちょっとした楽しみとなっています。

 


神戸菓子「モロゾフ」本社はマルイの対岸の六甲アイランドに所在

 

神戸は港町で居留地が置かれたことから、洋菓子文化が根付いています。魚崎には神戸を代表する洋菓子メーカー「モロゾフ」と「ゴンチャロフ」が所在しています。両製菓ブランドの歴史は戦前まで遡り、それぞれロシアからの移民に起源をもっています。現在はウクライナ戦争の影響で日露関係は冷え込んでいますが、1910年代は日露協約により両国の関係が歴史上最高潮に良好で、大日本帝国は今とは真逆でロシアに武器を供与、一方でウクライナ人と交戦し血潮を流しました。

 

1918年8月12日、日本軍はウクライナ人が多住したシベリアに兵を派遣、「シベリア出兵」という言葉は歴史の授業で習ったことを覚えている方も多いと思いますが、教科書にはその戦争のことは詳説されていません。私もウクライナ戦争が勃発してから知った史実なのですが、シベリア出兵で日本軍が対峙したのは、ロシアでなくウクライナ人国家の「極東共和国」というあまり聞き馴染みがない国のようなのです。

しかしなぜ100年前、ウクライナと遠く離れた日本海沿岸にウクライナ人国家があり、日本と戦争をしたのでしょうか。その背景は複雑で、当時の日本が関与したにも関わらず、現在では知られざる歴史となってしまっています。ピーク時には40万人以上居住したという極東共和国の起源は、シベリア鉄道と南満州鉄道をつなぐ短絡線「東清鉄道」にウクライナ人のドミートリ―・ホルヴァートが派遣されたことをきっかけとしています。ロシア中央政府から指揮官に任命されたホルヴァ―トは、ウクライナ人を呼び寄せ沿線は繁栄「幸福なホルヴァ―ト王国」と呼ばれるようになります。もちろん「王国」といっても東清鉄道はロシアの勢力下で、実際に国ではなく兵庫県南部を「阪急王国」と呼ぶような感じの俗称です。

その後もウクライナ人は増え続け、入植地はウラジオストック(浦塩)やサハリン(樺太)にまで拡大、1917年にロマノフ王朝が倒れ、ロシア革命が起きるとウクライナ人は「グリーンウクライナ」(緑ウクライナ)の建国を計画します。グリーンというのはデンマークのグリーンランド同様、極寒だけどなんとか植物が生える大地ですよ、といった感じなのだと思います。独裁国家なのに「朝鮮民主主義人民共和国」、統治時代の半分の国土なのに「韓民国」、日本の傀儡なのに満州人の「満州国」といった感じで、極東の国名というのは割と実状を投影しないものなのかもしれません。

 

green ukraine
1917年当時、極東には42万人のウクライナ人が居住した ヴィオレッタ・ウドヴィク著「日本とウクライナ」(2022)より

 

ロシア革命が勃発すると政情が不安定となり、共産主義に反対する「白系ロシア人」は亡命、この時に革命から逃れて神戸にたどり着いたのがモロゾフやゴンチャロフです。有名なところでは、プロ野球選手のスタルヒンや横綱の大鵬(出生名:イヴァン・ボリシコ)も白系ロシア人の血を引いています。

シベリア出兵はチェコ人の救出を大義名分にしていましたが、実際はロシア革命に対する干渉行為であり、レーニンは日本との全面戦争を避けるため、傀儡国家「極東共和国」を緩衝国として認定、日本軍を極東に釘付けにし欧州戦線への進出を阻みました。極東共和国は1919~20年と短命で、1991年にソ連の崩壊により秘蔵資料が解禁になるまで研究も進んでおらず、住民も日本軍撤退後に次第にロシア人に同化していきました。

 

 

本年3月、岸田首相はゼレンスキー大統領と会談のためキーウを訪問、5月にはゼレンスキー大統領が「G7広島サミット2023」参加のため電撃来日しました。終わりの見えないウクライナ戦争の着地点として国際社会が容認できるのはウクライナの「失地回復」に限定され、仮にロシアに勝利したとしても、日本の恩恵は限られます。日本は戦争による直接的な被害はありませんが、物価高騰などじわじわと影響が出てきています。このままでは、ウクライナ支援より足元の国内の経済的支援を優先させるべきという意見もでてくるように思います。

ソ連崩壊時には独立国家が東欧に15ヶ国が誕生しました。ウクライナ戦争終結後、日ウ両国に恩恵ある復興支援としてウクライナ人の「失地」である、サハリンやシベリア地区の独立支援があります。独立への障壁として、極東共和国に残された国民の帰属意識がウクライナではなく、ロシア人として同化してしまっていることです。横綱大鵬はサハリン出身で父親がウクライナ人ですが、自伝で関取になった後に自身の出生を週刊誌報道で知り、しばらく半信半疑だったとしています。

平和主義を標榜する日本はウクライナ戦争に参戦できる訳ではありません。このような状況下で日本がウクライナにできることは戦後支援であり、日本と両国の戦争史を深く知ることだと思います。

「特定小型原動機付自転車」の合法化を各紙はどう報道したのか

7月1日、道路交通法が改正され、特定電動小型原動機付自転車(キックボード)が合法化されました。各紙はどのように報道したのでしょうか。大手新聞社各紙の大阪版の第一報を読み比べて、実状や課題点を考察したいと思います。

 

 


 

読売新聞

電動スケーター新ルール
16歳以上なら免許不要

オススメ度 ★★

大阪市北区中之島で開催された安全講習会を取材、主催者や参加者へのインタビューと交通ルールの変更点を簡潔に掲載しています。

 

 


毎日新聞

違反や事故増加に懸念
自転車並み 啓発急務

オススメ度 ★★

東京都世田谷区で開催されたオートバイライダーを対象にした警視庁の企画講習会を取材、交通ルールの変更点と事故・違反の状況を解説しています。また、新ルール導入を受けて、シェアリングサービス「Luup」(東京都千代田区)と「BRJ」(東京都港区)を取材、保安基準を満たしていない利用者に対し「野良キックスケーター」という造語を使用しています。

 

 


産経新聞

電動キックボード免許なし歩道OK
事故増加懸念「ヘルメット着用を」

オススメ度 ★★★

道交法の改正点を図とイラストを使い分かりやすく解説、電動キックボードシェアリングサービス「Luup」や車体販売「SWALLOW合同会社」(川崎市)を取材し、交通工学の専門家や警察庁の意見を交え、交通安全の重要性を指摘しています。

 

 


|朝日新聞

電動キックボード「自転車並み」扱いに
事故増の懸念も

オススメ度 ★

イラスト・写真・表なし。本当に取材をしているのか疑念が湧きます。

 


しんぶん赤旗

電動ボード新ルール施行
免許不要、歩道走行も可能に

オススメ度 ★

 

イラスト・写真・表なし。「電動ボード」という呼称を使用しています。

 

 


日経新聞

本日、法改正。
日本の移動が変わります。

オススメ度 -

「Luup」の全面広告。30年前の電動アシスト自転車の登場に重ね合わせて、電動キックボードのインフラ化への挑戦を標榜しています。また、今回の法改正が特定条件を満たす「電動小型モビリティ」の開発やサービスを加速させるとしています。

 

 



 

 

特定電動小型原動機付自転車のシェアリング注目

7月1日の道路交通法の改正では、一定の要件を満たせば電動キックボードが免許なしで自転車同様に使用できるようになります。16歳以上なら免許不要、ヘルメットは努力義務となり、緑色点滅灯を付ければ時速6キロで歩道の走行も可能です。時速20キロ以上出ない構造で法的には原付バイクのひとつとして「特定小型原動機付き自転車」と区分されます。使用にはナンバープレートが義務化されているため、導入期には手軽に利用できるシェアサービスの利用が見込めると予想され、各紙は貸出し企業に取材をしています。

私は20年以上キャリアがある技士ですが、特定小型原動機付き自転車は構造が異なるため修理することができません。他の自転車店でも、原付扱いとなるため基本的に修理は受け付けていないと思います。各紙、全く触れていませんが、法改正をきっかけに個人で購入を考えている方は、修理をどうしたらよいのかを購入前に販売店に確認する必要があるように思います。また、国内にて電動キックボード合法化の経緯の説明が欠落しているように思います。一体どのような背景で法改正にいたったのか説明不足で解説が欲しいように感じます。

変貌するうめきたエリアの学べるカフェ「シマノスクエア」

梅田のグランフロント北館の「シマノスクエア」に行ってきました。

 

 

グランフロント大阪の北館はナレッジキャピタルと呼ばれ、企業や研究者が新しい価値を創造するための交流の場とされています。南館の商業施設との連続性があり一般の人も自由に入館でき、情報収集などで新しいこと創造したり、交流を楽しんだりできるラボや施設がそろっていて、関西の「知」の交差点となっています。

大学などの研究機関のほかにダイキンやサントリー、アシックスなど関西を代表する先端企業が入居し、4階に2017年2月から堺市のシマノがアーバンライフを提唱したPRカフェ「シマノスクエア」を運営しています。

 

 

サイクリングやフィッシングといったスポーツをより多くの方に興味をもってもらうために施設は無料で解放されて、展示や厳選された関連書籍を閲覧することもできます。シマノは昨年3月に堺東に「シマノ自転車博物館」を設立しましたが、こちらの施設は「企業」としてのシマノを強く打ちだしています。したがって、展示スペースには自転車とあわせて釣り具も展示され、同社創業からの社史や古い製品なども紹介されています。

 

 

カフェスペースではドリンク以外にもサンドイッチやスイーツが用意され、自転車や釣りに興味がない方でも気軽に利用することができ、定期的にイベントも開催されているようです。梅田は人が多すぎてなんだか疲れてしまいますが、北館は中津駅に近く、ゴミゴミした雰囲気なくゆっくりすることができます。ただ、コロナ前は夜の21時まで営業でしたが、最近は18時ラストオーダーとなっているようです。

 

 

 

自転車雑誌「サイクルスポーツ」(八重洲出版)で、今年から始まった「あの年 あの時 あの瞬間」という連載が結構面白いのでおススメです。あと「自転車日和」(辰巳出版)の最新号にて、私のバイクカスタマイズが掲載されていますので、そちらもチェックしてみて下さい。

 

 

うめきたエリアは現在再開発中で3月には大阪駅の地下ホームが開業、大きな公園や超高層ビルが設置され、31年にはJR「なにわ筋線」が開通予定となっています。そういえば、2019年3月にこの場所で自転車イベント「BIKELORE」(バイクロア)が開催され、かなり盛り上がっていましたが、新公園ではまたこのイベントは行われるのでしょうか。今後もこのエリアは注目です。

 


北ヤードで開催された自転車イベント「BIKELORE」  (2019年3月 筆者撮影)

自転車パーツ Amazon店 売上ベスト10 【2023年上半期】

2023年の Amaozn通販の販売点数トップ10ランキングです。
プライムでの出店なので送料もかからず、書籍や日用品類と同送できますので是非ご利用ください。

 

 

第1位 ()
mks always
【メーカー】三ヶ島 MKS
【商品名】ALLWAYS
【税込価格】8,316円
【特徴】ミニベロからグラベルバイクまで多目的で使用されるスパイクピン付きペダル

 

第2位()
wald 137
【メーカー】WALD
【商品名】137 バスケット
【税込価格】6,050~6,930円
【特徴】米国製のフロントバスケット

 

 

 

第3位 (→)
FJP600
【メーカー】THERMOS
【商品名】FJP-600
【税込価格】3,960円
【特徴】保冷力の高い真空断熱のステンレス製自転車用スポーツ水筒

 

 

 

第4位 (→)
guee sl-dual
【メーカー】GUEE
【商品名】SL DUAL
【税込価格】5,060円
【特徴】雨や汗で滑りにくいポリウレタン製バーテープ

 

 

第5位 ()
guee sl-dual
【メーカー】GUEE
【商品名】SL DUAL LTD
【税込価格】5,060円
【特徴】第4位の「SL DUAL」のメタリックカラーバージョン

 

 

 

 

第6位 ()
nitto rb010
【メーカー】日東
【商品名】RB101
【税込価格】5,280~6,160円
【特徴】日本製のアルミ製ブルホーンハンドルバー

 

 

 

 

第7位 (→)
tioga fastr
【メーカー】TIOGA
【商品名】FASTR X S-spec
【税込価格】5,830~6,050円
【特徴】ほぼ全てのトップBMXレーサーが使用しているTIOGAのタイヤ

 

 

 

 

第8位 ()
topeak roadie tt

【メーカー】TOPEAK
【商品名】ROADIE TT
【税込価格】6,380円
【特徴】自転車ポンプ史上最高傑作との呼び声も高いロードバイク専用コンパクトポンプ。ツインターボ(TT)テクノロジーにより、圧縮された空気を楽々と入れることができる

 

 

 

第9位 (→)
ergon gp1
【メーカー】ERGON
【商品名】GP1
【税込価格】5,500円
【特徴】握りやすい形状の定番のコンフォートグリップ

 

 

第9位 ()
erogon ga3
【メーカー】ERGON
【商品名】GA3
【税込価格】4,840円
【特徴】人間工学に基づいた形状のマウンテンバイク用グリップ

 

 

 

第10位 (↑)

【メーカー】TIOGA
【商品名】STEM BAG
【税込価格】3,080円
【特徴】ペットボトルやスマホを入れるのに便利なステム取り付けるバッグ

 


 

品不足から一転、過剰在庫?

コロナの影響を受けていた自転車のサプライチェーンも正常化に目途が立ち、2021年から高騰が続いていた自転車パーツの価格もようやく、ひと段落ついた感じがあります。一転、パーツの商社からは手配していた品不足期の発注が一度に納品し、在庫が過剰状態であると各社から漏れ聞いています。

また、3月に開催された「台北サイクルショー」(TAIPEI CYCLE)では、久々の開催にも関わらず、目ぼしいアイテムがなかった、と落胆の声が寄せられています。ランキングも昨年とほぼ変わらず新商品はありません。

 

飲酒自転車事故の抗議で東成警察署襲撃「親子爆弾事件」

自転車の飲酒運転は危険で場合によっては逮捕される場合があります。道路交通法の第65条には「何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない」(第六十五条の1)と規定されています。道交法は同時に117条2の2の「罰金」において「軽車両は除く。」とあることから、軽車両である自転車の酒気帯び運転は、まっすぐ歩けないほどの泥酔状態でなければ基本的に罰則はありません。しかしながら、酩酊状態では自分自身の酒酔い具合が正確に判断できないため、大きな事故を引き起こす可能性あり大変危険です。

 

(前回の続き)

 

戦後間もない1951年11月10日、在日朝鮮人男性の安重鎔は自転車で帰宅中に、生野区の路上で転倒し腹部を打ち付けパトロール中の警察官に保護されました。男性は泥酔状態で東成署で保護されましたが、様子が急変し医師の手当を受けましたが保護から1時間半の午後7時30分ごろ死亡が確認されました。大阪大学の死体解剖の結果、死因は自転車の転倒による腹部の圧迫で、肝臓が破裂していたことが分かりました。東成署長は家族に状況を説明、家族はそのまま帰宅しました。

 


朝鮮人集団に襲撃された東成署   大阪府警察史(1973年)より

 

ところが12日朝、30人ほどの在日朝鮮人が安の死亡原因にめぐって署長に面会を要求、署長は代表者6名に真相を伝えましたが、朝鮮人側は「警察官の暴行でより死亡した」と一方的にデマを流し、再三東成署に押しかけて抗議しました。そして翌月1日、大阪各地から参集した左翼系朝鮮人は生野区内の朝鮮人小学校に集まり、東成署に向かい行進、催涙性の白煙が発生するラムネビン3本・小石・キムチの原材料の唐辛子などを警備隊に向かい投げつけ、朝鮮人3名が逮捕されました。

 

 


▲ デモ隊が集結した朝鮮人学校  廃校後に「いくのパーク」として再活用されている

 

「東成署襲撃事件」から半月後の16日、転倒死亡した安重鎔の生野区大友町の自宅前において慰霊祭を挙行、遺族や関係者だけでなく生前に何の縁もなかった朝鮮人集団が反戦旗やプラカードを掲げ、独立運動の犠牲者安重根の慰霊祭を行い革命歌が高唱される異様な状態になり、警備中の生野署員が解散を命令しました。しかしながら、命令は聞き入れられず不法デモが敢行され、群衆は3つの部隊に分かれ破壊行為を展開しました。

第一隊は生野区内の爆弾工場で保管中の親子爆弾を撒き散らし、第二隊は中河内郡巽町(現在の生野区)の特需工場に侵入し機械や板べいを破壊し「こんなものをつくると殺すぞ」と紙に書き貼り事務員に暴行、第三隊は東成区大今里の工場の窓ガラス等を破壊した後に鶴橋の市場の民団の団長宅を襲撃し店頭陳列のゴム靴30足を路上に放棄するなど次々と遊撃しました。

 


戦後の雰囲気が残る現在の鶴橋駅前の市場

 

一連の犯行は当時「親子爆弾事件」と称されました。親子爆弾は現在では「クラスター爆弾」と言われ、朝鮮戦争で米軍に配給するために大阪市東部の町工場で製造されていました。誤解を生みがちな事件名称ですが、暴動でクラスター弾を使用したのではなく、クラスター爆弾の製造工場を襲撃したから「親子爆弾事件」です。日本は朝鮮戦争には参戦していませんが、南北の亀裂は対岸の火事ではなく米軍統治下の我国にも確実に飛び火していました。

 


▲ 親子爆弾

 

当時の大阪府警視総監の鈴木栄二の叙事伝によると「当時のこれらの朝鮮人学校は、ほとんど全部朝鮮人連盟が経営していたものである。この朝連は終戦以来、明らかに北鮮の民主人民共和国を支持してきたもので、日本共産党とは常に緊密な連絡を保ち、暴力的なデモにはほとんど例外なく朝連指導下の教員や生徒が参加していた」と一連の犯行は左翼系朝鮮人と日本共産党と共同作戦であるとしています。

日本共産党と朝鮮人集団による騒擾事件は、大阪府庁占拠(1948) → 東成警察襲撃事件(1951) → 親子爆弾事件(1951) と苛烈になり、クライマックスの1952年6月の驚天動地の大暴動「吹田事件」と繋がっていきました。

 

osaka police
▲ デモ隊と現在の大阪府警本部  警察本部は府庁の二軒隣に位置する (2022年撮影)

 

敗戦の反省から、戦後の平和教育は自虐的な歴史観を美徳として培われ「大東亜戦争」は「太平洋戦争」に、「支那事変」は「日中戦争」などと呼称が修正されました。同様に、府庁を占拠した「大阪朝鮮人騒擾事件」は教育・学問の自由を守った「阪神教育運動」のひとつとなり、「親子爆弾事件」は共産主義思想を弾圧した「レッドパージ」のひとつととなっているようですが、今回の投稿は1973年発行「大阪府警察史」を引用し、大阪府警察の立場からみた歴史観及び呼称とさせていただいております。

本ブログでは以前より、大阪市の自転車小売業の実態研究の一環で、在日朝鮮人の「鉄くず」回収業の戦後史を調査しています。私は在日朝鮮人ではありませんが、彼らの文化や思考は調べれば調べるほど独特で、ひきつけるものがあるように思います。一連の犯行は戦後警察史に残る大事件で、朝鮮人が朝鮮人ゆえに起こしたれっきとした犯罪行為ですが、本ブログは「差別」や「犯罪」を助長する意図はありません。卑劣なヘイト行為や事件の模倣は絶対に辞めてください。

自転車警邏隊制度実施のきっかけ 「大阪朝鮮人騒擾事件」

2023年4月の道路交通法の改正により、自転車使用時のヘルメットが努力義務化となりました。サイクルショップ203でも、以前まではそれほど売れていなかったヘルメットも一時完売するほど品薄となり、着用率も徐々に向上しています。

まちを見渡しても警察官がヘルメットを着用で巡回するなど法改正の徹底が見受けられます。令和になり奈良・和歌山と政治家襲撃事件が相次ぎ、危険な任務と隣り合わせの警官はなおさら自衛のためのヘルメットは必須といえます。

 

テレビも無ェ ラジオも無ェ クルマもそれほど走って無ェ
ピアノも無ェ バーも無ェ お巡り毎日ぐーるぐるっ! 

 

1984年にヒットした吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」。歌詞に「クルマもそれほど走って無ェ」とあることから、お巡りさんが自転車を使用してパトロールをしている田舎の原風景が思い浮かびます。テレビやピアノが普及していない辺境の田舎でも警官による巡回網が機能、自転車警備の実施よって全国津々浦々まで治安維持を担い、80年代初頭にはすでにそれが日常の光景となっていました。当たり前の光景となっていますが、カーチェイスや射殺が繰り広げられる海外の様子と比較すると、警察武道と自転車で世界最高屈指の治安の実現をしている日本の警察は異常なまでに優秀なように思います。

 

police bike

 

全国で初めて警察のパトロールで自転車が採用されたのは終戦間もない1949年で、大阪市の阿倍野・城東・大正・南の各警察署にて試験的に導入されました。英米の制度を参考に、従来の派出所による固定勤務から「点から面へ」「警邏第一主義」に活動重点が改革されました。警邏(けいら)という言葉はあまり聞き慣れませんが「パトロール」のことです。自転車警邏が大阪から発祥した経緯は、当時起きたある事件が関係しています。

 

police osaka
大阪の治安維持に導入された「自転車警邏隊」 大阪府警察史(1973年発行)より

 

1947年に施行された新憲法では国民は集会の自由が保障され、公共の秩序を無視した大衆運動が一部で過激化、全国各地で衝突が発生しました。連合国軍総司令部GHQは在日朝鮮人の子供たちも教育基本法に従い日本人学校への編入を指示、朝鮮人学校の閉鎖を命令しました。これに対して在阪朝鮮人は「朝鮮人教育問題共同闘争委員会」を組織し、閉鎖の撤回を叫び抗議運動を展開しました。48年4月23日、府庁前の大手前公園には7000人の朝鮮人等が集結、府庁正面の警戒線を突破し4000人が庁内に乱入し、ガラスや調度品を破壊、電話線を引きちぎりなど暴行に発展し、179人が騒擾罪で検挙される大暴動「大阪朝鮮人騒擾事件」が発生しました。

 

osaka jiken
「大阪朝鮮人騒擾事件」大阪府庁に乱入する朝鮮人デモ隊   大阪府警察史(1973年発行)より

 

同事件では戦後初の非常事態宣言が発令され、翌48年以降もデモが断続的に発生、大阪市警視庁では惨事を未然に防ぐ警察活動が論議され、警邏員の任務を重要視するように基本規定され、制度が改革されました。これにより所轄の受持区が「徒歩・自転車・出張所」の3つに区分けされ、科学的な方法をもって合理的かつ適正に配置されました。

 

「警ら員は、公安の維持、生命および財産の保護犯罪の予防ならびに警視庁がその執行の責任を持つ諸法令違反者の逮捕の責任を負う」 (第37条)

 

しかしながら、朝鮮人による陳情抗議はこれで収まった訳ではありませんでした。朝鮮戦争が激化する中で、反米思想が強くなり、在留した朝鮮人は複雑な状況に置かれ、朝鮮学校問題を含めて現在でも禍根が残っています。

 

police bike
▲国内で使用されている警察官用自転車    自転車文化センター「働く自転車展」(2020年撮影)

 

1951年11月10日夕方、在日朝鮮人の安重鎔は泥酔状態で生野の自宅に帰る途中、自転車で路上に倒れ腹部を打ち付け、パトロール中の警官に保護されました。これがまたまた惨劇の引き金となったのです。(次回につづく)

CATEGORY

RECENT POST

ARCHIVES