100年以上前にドイツで製造された「ジェイラッド」という自転車が堺市「シマノ自転車博物館」に寄贈されたという情報が6月に朝日新聞のサイトに公開されていたのでどんな自転車なのか見に行ってきました。

 

 

ジェイラッドは独シュトゥットガルトのヘスペルス・ワークス株式会社で製造されたリカンベント型の自転車で、同博物館にすでに1921年(大正10年)製の車両の展示1台があります。国内では極めて珍しく、私の知る限りこの2台のみだと思います。リカンベントというのは上体を後方にやや傾けた姿勢で操舵する自転車で、最近ではGIANTが「REVIVE」(リバイブ)という車種を生産していて、当店でも数台ですが販売歴があります。

 

 


▲GIANT「REVIVE」

 

リカンベントはユニークな形状ですが、空気抵抗を抑えられるため結構スピードがでます。しかしながら、車体が鈍重となり登り坂に向かないためあまり実用的でなく、ドイツでもこのタイプが主流化した歴史はありません。考案したのはツェッペリン飛行船を製造していた会社の技師ポール・ジァレイで、一般的な自転車がペダルを回すチェーン駆動なのに対して、ジァレイの自転車はワイヤーを足踏みで引っ張る構造となっています。

 

 

今回寄贈された車両は一般公開されていませんが、特別に現車を見せていただけることとなりました。「ラッド」とはドイツ語で自転車を意味し、「J」は考案者ジャレイの頭文字で「J・RAD」という車名なのでしょう、下ブリッジに色あせたシンボルマークが確認できます。

 

 

 

前輪が後輪より小径で、シートは背もたれ付きとなっています。展示車と比較すると寄贈車はペダル(足の乗せ)が左右3つと1組多くなっています。展示車は後輪ハブが内装式変速となっていますが、寄贈車は変速ナシなので、足の置き位置で脚への負担を調整するようになっているようです。

 

 

 

そもそも自転車というものは、1817年にドイツ人によって発明されたとされ、高級品として欧州で発展しました。1885年には現在のチェーンドライブ式の後輪駆動の自転車がすでに発明されて1900年以降は広く普及するため、1921年にこのような変形自転車が登場した経緯が分かりません。ドイツは1919年のベルサイユ条約で第一世界大戦の賠償金で、強烈なインフレに苦しんだ時期にあたるので、こんな遊具のような自転車を作っている余裕があったのでしょうか。戦後ドイツの事情はよくわかりませんが、日本も戦後すぐに三菱がけったいなジュラルミン製自転車「十字号」を制作したことを考えると、戦勝国から平和産業への転換を強要されたのかもしれません。

 

 

しかしながら、ワイヤーで自転車が駆動するなんて強度的に大丈夫なのでしょうか。ワイヤー自体もそれほど太くないものが使用されていたので、切れてしまうことも多かったのではないでしょうか。いずれにしても貴重な産業遺産であることは間違いないと思います。

 

 

 

大阪には東京国立博物館やスミソニアン博物館のような総合的な公立博物館ありません。歴史博物館や民俗学博物館はありますが、製造業の盛んな大阪になぜパナソニックミュージアムのような産業遺産を収蔵する公立施設がないのでしょうか。大阪の発明品は自転車関連にとどまらず数多くあり、もっと世界に向けてしっかりアピールした方がいいのではないかと思います。

Share on Facebook
LINEで送る
Bookmark this on Google Bookmarks