23日に伊豆ベロドロームにて、日本初のアワーレコードのイベントが開催され、ブリヂストン所属の今村駿介選手が52.468kmという記録を打ち立てました。

アワーレコードとは、自転車で1時間で何キロ走れるかといった単純な競技です。トラック種目のひとつですが、盛んにおこなわれている種目ではなく、五輪や世界選手権にも採用されていない、どちらかというとマイナーな競技です。野球に例えると「オールスターのホームラン競争」のような見世物的要素が強く、今回も伊豆ベロドロームの改修工事の終了に合わせて開催されたようです。

この競技は強靭な体力と精神力が必要とされ、バンクを1時間単独で占拠することから、誰でも挑戦できる訳ではなく、参加は記録更新の期待ができるトップ選手に限られます。有名選手が引退が近くなって行うケースが多く、若手の今村選手の抜擢は相当プレッシャーがかかったと想像できます。

結果は残念ながら、記録更新とはなりませんでしたが、52.468kmという好記録(暫定 日本記録)を打ち立てました。

世界記録はビクトール・カンペナールツというNTT所属のベルギーの選手が2019年4月にメキシコで記録した55.089kmというものらしいのですが、恥ずかしながら私は今村選手の今回の挑戦の記事で初めてそのことを知りました。ツールドフランスや五輪で活躍したブラッドリー・ウィギンズ選手が15年に記録を更新したのは、なんとなく記憶にありましたが、競技が不定期で開催されるため、その後に記録更新があったことは初耳でした。

 

アワーレコードの歴史

記録を調べてみると、アワーレコードは1893年にフランス・バッファローで始まり、アンドリュー・デグランジェという選手が35.325mという記録を残しています。その後、記録は更新され1942年にはイタリアの英雄ファウスト・コッピ選手が45.848mを記録、構造上記録が出やすいミラノのビゴレリ競技場は「魔法のトラック」といわれ聖地とされました。残念ながら老朽化のため72年に解体されたようですが、数多くの記録を残しました。

1968年にはメキシコで五輪が開催され、同年にデンマークの選手が新記録を樹立、メキシコは記録が出やすいとされ、スーパースターのエディ・メルクスがついに挑戦することとなります。

 

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 メキシコでのメルクス選手の挑戦をつたえる1972年 仏「LE CYCLE」誌  (サイクルショップ203所蔵)

 

 

ツールドフランスやジロデイタリアなどそれぞれ5回ずつ制覇、最強の自転車競技選手エディ・メルクスは大勢の観客が見守るなか、1972年10月11日、メキシコのオリンピック競技場にて49.408mの新記録を打ち立てました。メルクスの使用していた「コルナゴ」というメーカーは、これを機に日本でも知られるようになりました。

 

 

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エルネスト・コルナゴ氏㊧とメルクス選手㊨「ニューサイクリング」1973年1月号より (サイクルショップ203所蔵)

 

その後、フランチェスコ・モゼール選手などメルクスの記録を破る選手も現れましたが、この競技には致命的な欠陥がありました。それは競技に使用される自転車に明確な規定が制定されていないことでした。モゼールが使用した自転車は空気抵抗を軽減したファニーバイクを使用していました。また、ジャック・アンクティル選手は記録達成時のドーピング検査を拒否するなど記録を公認していいのか判断が難しいケースもあったようです。

 

 

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▲ 自転車博物館所蔵のモゼールの自転車 2017年筆者撮影(展示車はトラック用ではなくロード車)

 

 

2000年、シドニー五輪を機に自転車トラック競技は大改革が断行されます。

これによりトラック競技は、雨天や強風の影響がある屋外での競技から、板張りの250mの室内競技へとルールが厳格化され、アワーレコードも以後、屋内で開催される種目へと生まれ変わります。
使用する自転車も1972年のエディ・メルクス選手の記録更新時の乗車ポジションを基準とし、モゼール選手らの記録は非公式記録とされてしまいました。

 

 

1h
アワーレコードの記録 [第二次世界大戦以降](筆者調べ)

 

 

 

今村選手の記録は2015年に更新されたローハン・デニス選手の記録52.491kmに迫る記録です。過去の記録をさかのぼると、アンクティル選手はじめ複数回挑戦し自己記録を更新している選手もいるようですので、是非、今村選手には再チャレンジをして記録を更新して欲しいですね。

 
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アンクティル、メルクス選手がパッケージになっているイギリスのトランプ(サイクルショップ203所蔵)

 

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